コクトーの実験室 ~現実を拡張せよ!~

繰り返しの日常から、いかにして現実を広げていくのか。その過程をほぼリアルタイムでシェアします。

最優先事項に沿って行動する

僕がサラリーマン生活に疑問を持ち始めたのは、社会人になってから1年半が過ぎた頃でした。

 

・このままの生活を続けていて、本当に納得できる人生が送れるのか?

・今の延長で仕事やプライベートを充実させるのは何か違う気がする。

・老人になって定年するまで、興味のないこと・嫌なことに一日の大半の時間と労力を使うのは、まともな生き方といえるのだろうか?そうまでして社会貢献したり、人の役に立つために俺たちは生きているんだろうか

・成否にかかわらず自分の思うように生きるほうが、ダラダラと不満をくすぶらせて生きるよりずっといいんじゃないか?

 

典型的な自分探し野郎の思考ですが、本人にとってはかなり切実なんですよね。

なにせ、毎日毎日こういうことを考えてもがき苦しんでいるんだから(笑)

 

いつになったらこの苦しみは終わるのか・・・

今でもう2年ほど、特に解決の兆しが見えない状況ですからねぇ。

 

でも、この苦しみから学んだことがあります。

 

"コンディションを整える"系では現状を変えられない

 経過

なんか毎日元気が出ないなと感じてたので、まずは土台固めが重要だと思い、食事、運動、睡眠などを見直した。

・いつのまにか、土台を固めることが目的になっていた。

 東洋医学のセミナーに30万円ほど払って参加

 運動とか瞑想の本・ブログを読み漁る

 ジム通い

・土台を固めれば、元気がでたり、行動的になれるんじゃないかと期待していた

・でも、なんだか生活にハリというか、進んでる感が出ない

 

直接現状を変えられそうな行動は何か?

 

・ハリがでないのは、自分にとってよりよい未来をイメージさせてくれるような活動をやていなかったから。

・まずはどういう未来を作りたいか。を決める(完璧に決めなくていい)

・そのためにはまず、どんな行動を最優先にすべきか?を定める。

・コンディションを整えるのはその後。 

 

行動を少しずつ習慣化する

 ・初めからきっちりやろうとしない

・まずはカタチだけ真似てみる

例)ブログなら、文字数や内容など気にせずに、思いついたことを書いてみる。

  読書なら、とりあえず本を読む習慣そのものをつける。理解度は問わない

  運動なら、まずは時間を作って、着替えて、歩いてみる。効果がありそうかどうかは2の次。

・行動を多く設定しすぎない。

・完璧な予定などないし、完璧に予定をこなせる人間などいない。

 

読んで気がついた方もおられるかもしれませんが、要は

"結果を気にせず、期待せず、気楽にやり続ける"ことが大事だ、と言いたいわけです。

 

僕も含めて大抵の人は、何をするにも結果ばかり気にして

「これは本当に正しいやり方なんだろうか」

「もっと他にいい方法があるんじゃないか」

「もう10日も経つのに何の成果もでないじゃないか!」

「なんとしても完璧にこなさねば」

 

などといって、毎日焦り、からまわりしているのが正直なところではないでしょうか?

 

でも、やっぱりそれでは結果が出るまで続けられないと思うんですよね。

(そもそもまともな精神状態じゃないし。)

 

だから、もっと長期的な視点に立って、力を抜いて作業することが大事なんじゃないかと思った次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期待しない

ネガティブに思われるかもしれません

"人生に期待すること"って、辞めた方がいいんじゃないかと最近思います。

 

これはホントにネガティブな意味で言っているんじゃないんです。

 

ただ、どうも、今に生きる僕らは自分自身や人生に多くを求めすぎているような気がします。

子供の頃から「夢を持て」「人生は楽しんでこそだ」「常に希望を持って、後悔のないように」などと僕らは言われてきました。

 

でも、現実はどうか?

 

ほとんどの人・・・少なくとも9割以上の人は、パッとしない、平凡で退屈な人生を送っているのではないでしょうか?それが現実ではないでしょうか?

 

でも、それって当たり前というか、人間ってそんなもんじゃないかと思うんです。

 

人間の歴史が始まってから今まで、人生に満足して死んでいった人の数って、割合でいえばかなり少ないんじゃないでしょうか?

 

そしてだからこそ、「もっといい人生を送りたい!」と思い、悩む人は常に絶えないし、上記のような「夢や希望を持って人生を歩もう!」という主張が絶えないんだと思います。

 

”期待”が毒になる

でも、夢や希望・・・いわゆる、"何かに期待すること"って毒になることが多いと思います。特に今の時代では、人々の人生への期待値が高すぎて、理想と現実のギャップに苦しむことが多いのではないでしょうか。

 

参考までに僕自身の事例をあげると・・・

・人生は、自分の好きなことをして、後悔のないように生きてナンボだ。少なくともそれを目指さなきゃならない!

・仕事や恋愛、趣味が充実するように努力すべきだ!少なくとも、充実させることを諦めてはいけない!

・シケた人生はごめんだ。そんな人生、後悔しか残らない(視野が狭い)

・自分はこれから歳をとっていく一方だし、日本自体もどんどん傾いていくだろう。

そんな状況で、現状維持のまま生きるなんて、堕落だ。

 

・・・こんな思いがありました。ていうか、今でもあります。

 

でも、現実問題、本当に現実を見てみると、

特に夢と呼べるものもなく、挑戦と呼べる挑戦もしなまま、日々興味もない、むしろ苦痛な仕事や家事に追われながらただ歳とり、しっくりいかない人生の幕を閉じる

そんな人が9割以上でしょう??

 

こんな人生がすばらしいと言っているわけじゃありません。

華やかに生きた過去の偉人や今何かに向かって頑張っている人はすごいなぁと思います。

 

でも、そこを基準にして、

それができて当たり前!それを目指さなきゃいけない!

という前提が強すぎると、常に理想と現実のギャップに苦しみ続け、しかも期待が大きすぎるので、何をやっても続かない、行動できないという状態に陥ってしまうことがあります。(僕はそのパターンです)

 

なぜ期待してしまうのか

でも、なんで人は、特に現代人は人生に期待しすぎてしまうのでしょうか?

 

それはたぶん、”人生に保証を求める”のが癖になってしまっているからだと思います。

もっと深掘りするなら、世の中に当たり前に存在する、死や理不尽、虚しさを直視していない・・・もとい覆い隠していることが原因だと思います。

 

今の日本にはたくさんの保証があります。

給料、保険、生活保護、医療、各種サービス・・・

これらを使って、安全で快適な生活を送る。

これはもちろん、すばらしいことだと思います。

でも一方で、忘れてしまう事実があって、それは、

人生には絶対的な保証はないってことです。

 

だって実際、望みどおりの人生を平穏無事に歩んで、かつ満足している人なんて現代人にはほとんといないんだし。

 

なのに、自分は、自分だけは望みどおりの人生を生きる・・・生きなければいけないって思うのは、あまりにも都合が良すぎる気がします。

 

淡々と生活する

でもだからといって、夢や希望を持ってはいけないとか、やりたいことをやってはいけないと言いたいのではありません。

そうではなく、もっと自分や他人、起きる出来事や人生への期待値を下げたほうが、楽に生きられるし、日々起こることに対してフラットに対処できますよ、ということです。だって、"こんなはずじゃないんだ!"っていう葛藤がなくなりますからね。

 

その上で、やりたいと思うことがあればやればいいし、目指せばいい。

ホントに強くて、どうしようもないくらいの欲望があるならともかく、

そういうものを持たなきゃいけないとか、目指さなきゃいけないって考え方は、害になることが多いのではないでしょうか、ってことです。

 

                             以上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいことがないなら、とりあえずリソースを増やそう

①僕は特にやりたいことがない。

②➡でも、現状には満足していない。

③➡というか、このまま人生終わるのは嫌だなと思う。

④➡何が?

⑤➡気が進まないし興味もないことに一日の大半の時間を使い、ストレスを貯めているのが。

⑥➡このままではたぶん後悔するだろう。

⑦➡でもやりたいことなんてないしな・・・

➡①に戻る。

 

という思考のループ。

 

そうじゃない。

思考を柔軟にするんだ。

 

嫌なことをやっている&やりたいことがやれていないという現状

好きなことをやって活き活きと生きているという理想

 

いきなり後者にいくのは難しい。

リソース(時間・体力・精神力・)を嫌なことに奪われている状態で、

自分のライフワークとか、打ち込めることを見つけるのは現実的に考えて厳しい。

 

なら、その中間。

 

今の自分のリソースを奪っているものを捨ててしまえばいい。

 

すなわち、ライフワークではなくライスワーク(生活のための生業)を持つこと。

 

そしてそれは好きなものでなくてもいいから、効率が良くて、自分のリソースを極力奪わないものであること。

 

普通の人間が棚からぼた餅的な幸運以外で、戦略的に納得できる人生を歩むには、これが一番最適だと思う。

 

物語とその外側

 

自分はいつか死ぬ

他人ではなくこの自分が死ぬ

 やっぱりここは外せない

 

何を成し遂げても、手に入れても、どれだけ尊敬されても、生きてる間に楽しい思いをしても、人間は自分が死ぬってことの前には全くの無力じゃないのか?

 

人生の中で起こる出来事、成功失敗、喜怒哀楽というのは、いわば物語の中身の話だ。

人生とは物語のことだ。

でもそれには必ず終りが来る。

人工知能とか医療の発展でたとえ数百歳に伸びたとしても、必ず死ぬときがくる。

 

そう考えると、なんともいえない虚無感に襲われる。

俺が人生でやってきたこと、今やっていること、これからやろうとしていることに意味はあるのか?

たとえそれがものすごく人々の役にたったとして、その人々もやがてはいなくなる。

 

そもそも何か、役に立つということにどれほどの価値があるのだろうか。

どれだけ便利になっても、どれだけ不快なことが減って快感を感じることが増えても、それはただそれだけのこと。

生まれて、しばらく生きて、いなくなる。この構造の中身の話でしかない。

 

結局、人間が、他ならぬ自分自身が生まれて生きて死ぬというその事自体に納得できなければ、心の底からの充実なんてないのだろう。

 

死について語ると、現代の日本ではこういった趣旨の反応がかえってくるだろう。

 

すなわち、

「人間はいつか必ず死ぬなんてあたりまえなんだから受け入れよう。

 そして、生きている間はめいいっぱい楽しもう。そうしないと損ですよ!」

 

でも、ほとんどの人の中には、"死んだら終わりだよなぁ"というぼんやりした不安と共に、何か人生を"楽しまなきゃいけない"というじりじりした焦燥感があるような気がする。

それって無茶だ。自分の行く末が"終わり"な場所で、しかも"楽しむ"という義務を負っているんだから。

 

かといって、死について延々と考え続け、悩み続ける人生を送るのも何かもったいない気がする。だって俺は生きていて、色々な感覚や感情、考えがあって、それらをどうにか動かして物語を生み出すことができるのだから。しかも期間はたった一回きりで、時間も限られている。

 

死とか人生について考えだすと、日常のごちゃごちゃしたことなどどうでもよくなって、出家でもしたい気分になってくるけれど、それはホントに切羽つまった、どうしようもなく"死についての問い"に追い詰められている人がやることであって、ほとんどの人ははそうじゃない。

 

大多数は日常を生きている。

 

なら、そこにもちゃんと意味を見出したいと僕は思う。

 

結局、物語(=日常)とその外側(=死、未知)の両方を見据えながら生きていくのがベストだと思う。

物語の外側は、本質的だけど、そこにのめりこみすぎると日常にコミットすることができなくなる。

それはもったいないことだ。

たぶん、日常にも学ぶべきことはあるはずだから。

 

両方をちゃんとリアルに感じながら生きる。

これは一生のテーマだなぁ。

 

 

 

 

 

 

立派がりたがる人達

このホリエモンの動画(音声)がすごく面白かった。

 

www.youtube.com

 

動画の最初の方で、

「なんでみんな、こんなにタテマエを重視するんだろう?

 例えば、疲れて新幹線で寝ようと思った時に、赤ちゃんが隣で泣き出したら"チッ"って思いますよね?ボソッと言うかもしれない。聞こえないように。

でも、それすらみんな"するな"って言いますよね。何なんですかね。

何でそんなに立派がりたがるんでしょうね」

というような発言があった。

 

めちゃくちゃ同感。

 

みんな潔癖すぎるんだよなぁ。

 

そもそも日本って、"普通"とか"常識"のハードルが高すぎると思う。

 

例えば、"人に迷惑をかけるな"って言葉があるけど、日本人は迷惑に感じる閾値が低いなぁと常々感じる。神経質と言うかなんというか。

 

”常識がない”とか”礼儀知らず”って、加害者(と思われてる)側ばかりが批判されるけど、何かを常識だとか礼儀知らずだと"思ってる側"は問題にされないんですよね。

 

でも、みんながもっとおおらかになれば、加害者も被害者も存在しなくなるんだよなぁ。

そこには誰も目を向けない。恐ろしきかな。

社会人になって3年経過して思ったこと

こんにちは。コクトーです。

 

今年も新年度が始まりましたね。

移動された方、特に変化なしの方、新社会人の方、それぞれいかがお過ごしでしょうか?

 

僕はサラリーマンとして働きだして丸3年経ちました。

社会人としてはまだまだヒヨッコですが、それでも3年は働いてきたわけです。

 

よく言うじゃないですか?「まずは3年は働け」って。

 

で、その時期を迎えたばかりの新鮮な心境をブログに書き残しておこうと思った次第であります。

 

 

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人生を賭けるものが人間には必要だ

どうも、コクトーです。

 

最近ずっと、考えていました。

そしてやっぱり、人間には生きる目的とか、人生を賭けてでもやりたいこと、ってのが必要だな、って結論に至りました。

 

少なくとも、僕にとってはそれが真実です。

 

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